放課後の基数変換教室──2進・8進・16進を小説で学ぶ

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プロローグ

 放課後の情報処理教室は、まだ蛍光灯の白い光に照らされていた。黒板には「1011(2) = ?」と大きく書かれ、他の生徒たちが教室を出ていく中で、高橋ユウトはその数字を睨みつけていた。
「……意味わかんねえ。なんで“1011”が“11”になるんだよ」
 彼の独り言は、がらんとした教室に小さく響いた。数学はそれなりにやれても、2進数だけはさっぱり頭に入ってこない。テストが迫っているのに、真っ白なノートを前に、焦りばかりが膨らんでいく。

 そのとき、背後からチョークの音がした。振り返ると、田所先生が黒板に「0」と「1」を交互に並べていた。
「……君は“数字”をただの記号と思っているだろう」
「え? ちが……でも、数字は数字じゃないですか」
 先生は少しだけ口の端を上げ、低い声で続けた。
「数字には物語がある。君がそれを見つけられるかどうかだ」

 唐突な言葉に、ユウトはぽかんと口を開けた。物語? 数字に? 意味がわからない。けれど、その響きはどこか妙に心に残った。

 先生はそれ以上何も言わず、チョークを置いて教室を後にした。静寂の中、ユウトは机に突っ伏し、心の中で呻く。
「物語って……何だよ。テスト、どうすりゃいいんだ……」

 追い込まれた少年の前に、数字の世界の扉が静かに開こうとしていた。

「放課後、美咲に泣きつく」

 放課後の教室は、夕日の光でオレンジ色に染まっていた。
 高橋ユウトは自分のノートを見つめながら、ため息を十回は吐いた気がする。黒板に残された「1011(2) = ?」という文字列は、昼間からずっと彼の頭を占領していた。

「……ムリ。これ、一生ムリだわ」
 額を机に押しつけたまま呻く。数字が並んでいるだけで頭が拒否反応を起こすのだ。

「なにやってんの、そんなに暗い顔して」
 声をかけてきたのは、クラスメイトの佐伯美咲だった。栗色のボブヘアを揺らしながら、タブレットを抱えてこちらに歩いてくる。いつも通り元気いっぱいの笑顔だ。

「……美咲、助けてくれ。マジで2進数ってやつが理解できない」
「えっ、そこ? テスト目前で泣きつくとか、あんたらしいね」
 美咲は楽しそうに椅子を引いて、ユウトの隣に腰を下ろした。

「2進数ってのはね、電気のオン・オフのことだよ。ほら、スイッチが入ると“1”、切れると“0”。それだけ」
「え、マジでそんな単純?」
「うん。ほら想像してみて。教室の電球がついてる=1、消えてる=0。数字の列はね、電球が並んでるのと同じなの」

 美咲は手をパッと広げ、教室の蛍光灯を指さした。ユウトの頭の中に、電球がずらりと並び、点いたり消えたりする映像が浮かぶ。

「1011って書いてあったら、電球が『ついてる・消えてる・ついてる・ついてる』って並んでる感じ」
「……なんか、ちょっとわかる気がしてきた」

 ユウトは目を瞬かせる。数字が冷たい記号じゃなく、身近な光景に結びついた瞬間だった。

「そうそう! で、その電球の並びに“重さ”を与えると、10進数に変換できるの」
「重さ?」
「そう、左から“2の3乗・2の2乗・2の1乗・2の0乗”って感じで、電球にラベルをつけるの。ついてる電球のラベルだけを合計すればいいのよ」

 美咲がタブレットに素早く式を書き出す。
 1011(2) = 8 + 0 + 2 + 1 = 11(10)。

「なるほど……! 点いてる電球の分だけ、足せばいいのか!」
「そういうこと。ね、簡単でしょ?」

 ユウトは思わず机を叩いた。今まで霧の中だったものが、急に形を持ったような感覚。目の前で電球が点いたり消えたりするイメージが、頭にくっきりと焼きついた。

「美咲、天才かよ……!」
「ふふん、もっと褒めていいよ?」
 美咲は得意げに胸を張り、二人の笑い声が夕焼けに溶けていった。

2進数の世界へようこそ

2進数のナゾを解け!

数字が苦手?大丈夫。身近な「電気のオン・オフ」で全てがわかる!

1. 「1」と「0」は電球のスイッチ

2進数の各ケタは、電球が「ついている」か「消えている」かを表すだけのシンプルな記号です。難しい数式ではなく、光景をイメージしてみましょう。

💡

1 (オン)

💡

0 (オフ)

2. 電球の「重さ」を決める

それぞれの電球には、場所によって決まった「重さ(位の価値)」があります。右端から始まり、左へ行くごとに重さは2倍になります。これが10進数に変換するカギです。

8

(2³)

4

(2²)

2

(2¹)

1

(2⁰)

3. 「1011」を光らせてみよう!

では、問題の「1011」です。「ついてる・消えてる・ついてる・ついてる」という光の列を想像してください。そして、光っている電球の「重さ」だけを足し算します。

💡

状態: 1 (オン)

重さ: 8

💡

状態: 0 (オフ)

重さ: 4 (足さない)

💡

状態: 1 (オン)

重さ: 2

💡

状態: 1 (オン)

重さ: 1

光っている重さの合計は?

8 + 2 + 1

= 11

これで2進数の基本は完璧!どんな数字の列も、電球の光に見えてくるはずです。

「変換練習」

 黒板の端に残っていたチョークの粉を、美咲が自分のタブレットに指でなぞるように描きつける。スクリーンには新しい問題が表示された。

「じゃあ、これで練習しよっか。1101(2)。さあ、10進数だといくつ?」
「……また数字の羅列……」
 ユウトは思わず頭をかきむしった。さっき“電球”のイメージは掴んだはずなのに、いざ式になると目が泳ぐ。

「落ち着いて。まずは桁の位置に“重さ”をつけるの。右から、2の0乗、2の1乗、2の2乗……」
「えーっと……1、2、4、8、って感じ?」
「そうそう!」
 美咲は人差し指で空中に「1」「2」「4」「8」と並べて見せる。夕日の光を浴びた指が、小さな魔法の杖のように見えた。

「で、1101だから……一番左の“1”に8を、次の“1”に4を、真ん中の“0”は無視で、最後の“1”に1を足す」
「えーっと……8 + 4 + 0 + 1……で、13?」
「正解!」
 美咲がパチンと指を鳴らした。

 ユウトは驚いたように目を見開き、そして照れくさそうに笑った。
「マジか……本当に計算できた」
「できるって言ったでしょ? 次、もう一問やる?」
「うっ……やっぱやるのね」

 次に出てきたのは 10101(2)
「さあ、どうぞ!」
 ユウトは腕を組み、眉間に皺を寄せる。
「……えーっと、16、8、4、2、1……だよな。で、1・0・1・0・1だから……16 + 0 + 4 + 0 + 1、で……21!」
「大正解!」
 美咲が満面の笑みで拍手する。

 その拍手を聞きながら、ユウトの胸の中で何かが軽く弾けた。ずっと冷たくて拒否反応しかなかった数字が、少しずつ色を帯びていく。頭の中の電球が一つ、また一つと光り始めるような感覚。

「……ちょっと楽しくなってきたかも」
「でしょ? 2進数って暗号みたいで面白いんだよ」
「……暗号、か」
 ユウトは口の中で呟いた。わからなかったはずの数列が、今ではまるで秘密のメッセージのように思えてきた。

2進数変換の練習

2進数クイズに挑戦!

電球の重さを使って、10進数に変換してみよう。

クイズ1: 1101(2)

「1」「1」「0」「1」の4つの電球が並んでいます。光っている電球の「重さ」だけを合計しましょう。

8

($2^3$)

4

($2^2$)

2

($2^1$)

1

($2^0$)

合計は?

8 + 4 + 1

= 13

クイズ2: 10101(2)

もう一問!今度は5つの電球です。同じように、光っている電球の重さを合計しましょう。

16

($2^4$)

8

($2^3$)

4

($2^2$)

2

($2^1$)

1

($2^0$)

合計は?

16 + 4 + 1

= 21

2進数、少しでも楽しく感じてもらえたら嬉しいです!

「8進数の暗号遊び」

 ノートに「1101(2) = 13(10)」と書き込んだユウトは、思わず机に突っ伏した。
「ふぅ……頭使った……でも、ちょっとだけわかってきたかも」
 彼の呟きに、美咲は得意げに笑う。

「でしょ? 2進数の面白さがわかってきたじゃん。じゃあ、ついでにもっと面白いのやる?」
「え、まだあるの? ……えっと、何?」
8進数!
 美咲はタブレットに大きく「8」と描き、指で丸をつくった。

「2進数って、0と1だけでしょ? でも8進数は0から7まで。実はね、2進数を“3桁ずつ”に区切ると、ピッタリ8進になるんだよ」
「3桁ずつ……?」
 ユウトは眉をひそめる。

 美咲はタブレットに「101011(2)」と書き込み、すらすらと区切っていく。
「ほら、“101”と“011”に分けるでしょ?」
「うん……」
「“101”は2進数で“5”。“011”は“3”。だから、101011(2) は 53(8) になるの」

「……え、待って。数字が違う世界に変身した!」
 ユウトは目を丸くした。さっきまで0と1の羅列だったものが、急に“53”という、見慣れた数字の組み合わせに置き換わった。

「そう! だから2進数の長い列も、3桁ずつに区切れば一気に短くなる。コンピュータの人たちは、これを暗号みたいに使ってるんだよ」
「暗号……!」

 ユウトの胸が不意に高鳴った。小さい頃、友だちと秘密の手紙をやりとりしたときのワクワク感を思い出す。
「0と1の羅列が、“53”みたいな普通の数字に化けるって……なんか暗号解読してるみたいで、めっちゃ面白い!」

 美咲は笑いながら頷いた。
「でしょ? 数学って、暗号遊びに近いんだよ。だから本当は楽しいの」
「いや……ちょっとだけ信じるわ」
 ユウトの顔に、少し自信の色が宿った。

 窓の外では夕日がさらに傾き、教室全体を金色に染めていた。数字の羅列がただの敵ではなく、秘密を隠した“物語”の一部に思えてくる。

8進数変換の練習

暗号を解読せよ!8進数クイズ

2進数の長い羅列も、8進数にすればスッキリ!

ルール:3桁ずつに分けるだけ

2進数を右から**3桁ずつ**に区切ると、不思議と8進数に変換できます。まるで秘密のメッセージみたいですね。

2進数

101011

➡️

3桁ずつに区切る

101 011

クイズ1:101011(2) を8進数に!

区切った2進数(101と011)を、それぞれ10進数に変換します。これがそのまま8進数の数字になります。

最初の暗号「101」

4 + 0 + 1

= 5

次の暗号「011」

0 + 2 + 1

= 3

答えは…

53(8)

数字の暗号解読、楽しいでしょ? 他にもいろんな「進数」の世界がありますよ!

「16進数の壁」

 夜の帳が下り、ユウトの部屋にはデスクライトの白い光がぽつりと灯っていた。机の上には、学校から持ち帰ったプリントと練習問題の山。消しゴムのカスが散らばり、戦いの跡を物語っている。

「……2進数から10進数はなんとかなった。8進数も暗号っぽくて楽しいし……」
 シャーペンをくるくる回しながら、ユウトはプリントに視線を落とす。そこには「2進数を16進数に変換せよ」という問題が並んでいた。

「……16進数、ねえ……」
 手を動かしてみるものの、頭の中でイメージが固まらない。

 問題には「10101111(2)」とある。
「これを……どうすんだ? えーっと、4桁ずつ区切るんだっけ?」
 プリントの余白に「1010」「1111」と書き込み、必死に変換を試みる。
「……1010は10だから“A”。1111は15で“F”。だから、AF(16)……?」

 一応答えは出た。けれど、胸の中にモヤモヤが残る。
「なんでアルファベットが混じるんだよ……数字なのに文字って……」

 彼の頭の中に浮かぶのは、これまでの“電球”や“暗号”のイメージ。しかし、A〜Fという文字が混ざった途端、その映像はぼやけてしまう。

「なんか……ピンと来ねぇ……」
 思わず机に突っ伏す。

 部屋の外からは、母親が鍋をかき回す音と、テレビのニュースの声。日常の生活音が、彼の焦りを少しだけ和らげる。

「……まあ、今日はここまででいいか」
 シャーペンを置き、電気を消す。ベッドに潜り込んだユウトの頭には、まだ「A」と「F」がちらついていた。

 やがて瞼が重くなり、彼は小さく呟いた。
「……明日、美咲に聞けば……なんとかなる……」

 こうして、16進数の謎を残したまま、ユウトは眠りについた。

「16進数の秘密」

 翌朝、教室にはまだ柔らかな朝の光が差し込んでいた。カーテン越しに淡い青白い光が机の上に広がり、昨日の夕焼けとは違う冷たさを帯びている。ユウトは早めに登校し、ノートを開いたまま机に突っ伏していた。

「おはよ、ユウト。……顔が死んでる」
 後ろから声をかけたのは美咲だった。彼女はタブレットを小脇に抱え、すっかり先生モードの表情だ。

「昨日さ……16進数やってみたんだけどさ。アルファベットとか出てきて意味わかんねえんだよ」
「ふふ、やっぱそこでつまずいたか。じゃあ、特別講義いきまーす!」

 美咲はユウトの机の前に立ち、タブレットに「10101111(2)」と書き出した。
「まずね、16進数は“2進数を4桁ずつ”に区切るの。ほら、『1010』『1111』」
「……昨日やったやつだ。でもなんかピンと来なくて」
「大丈夫。4桁で区切ると、それぞれ0〜15までの数になるの。で、10以上はアルファベットで書くの」
 美咲は指で「A=10、B=11、C=12、D=13、E=14、F=15」と黒板に対応表を描いた。

「ほら、1010は“10”だから“A”。1111は“15”だから“F”。つまり 10101111(2) = AF(16)!」
「おおっ……! 昨日のやつだ!」

 ユウトの目が見開かれる。数字だと思っていたものに突然アルファベットが混じる。その意外性が、新しい暗号を手に入れたような感覚を呼び起こす。

「数字に文字が混じるなんて……ちょっとかっけぇな」
「でしょ? 16進数はコンピュータがよく使うの。人間が0と1の長い列を読むのは大変だから、4桁ずつまとめて短く表すためにあるの」
「なるほど……だからA〜Fまで登場するのか」

 ユウトはノートに「16進数=4桁区切り」と大きく書き、昨日とは違うスッキリとした表情を見せた。

「……なんか俺、暗号解読者になった気分だ」
「ふふ、それなら今日のテストも余裕じゃん」
 美咲がニヤリと笑い、ユウトは思わず苦笑する。

16進数への挑戦

16進数の暗号を解読せよ!

アルファベットの謎を解けば、もう怖くない!

ルール:4桁ずつに分けるだけ

2進数を右から4桁ずつに区切ると、16進数に変換できます。8進数が3桁だったように、16進数は4桁がペアです。

2進数

10101111

➡️

4桁ずつに区切る

1010 1111

クイズ1:10101111(2) を16進数に!

区切った2進数(1010と1111)を、それぞれ10進数に変換します。その際に、10以上の数字はアルファベットに置き換わります。

最初の暗号「1010」

8 + 0 + 2 + 0

= 10

これは「A」に化ける!

次の暗号「1111」

8 + 4 + 2 + 1

= 15

これは「F」に化ける!

答えは…

AF(16)

10から15はアルファベット!

10進数 16進数
10 A
11 B
12 C
13 D
14 E
15 F

これで16進数の暗号も完璧に解読できるはず!頑張って!

「コンピュータと16進数」

 午前の情報処理の授業。窓際から淡い光が差し込む教室に、チョークの乾いた音が響く。田所先生は黒板に「16進数」と大きく書き、教室をぐるりと見回した。

「さて……さきほどの2進数、そして16進数についてだが」
 低く落ち着いた声に、ユウトは自然と姿勢を正す。さっき美咲に教わったばかりの“AF(16)”が、まだ頭の中に新鮮に残っていた。

「コンピュータというのは、基本的に2進数しか理解できない。電圧があるかないか、0か1か、それだけだ。だが人間は長い0と1の羅列を読むのが苦手だ」
 田所先生は黒板に「10101111(2)」と書き、それをスッと区切って「AF(16)」と書き換えた。

「そこで16進数の登場だ。2進数を4桁ずつ区切り、0から9、そしてAからFを使うことで、短く、わかりやすく表記できる」
 白いチョークの線が走るたび、ユウトの心にストンと理解が落ちていく。

「……つまり、昨日俺が悩んでたやつ……実際にコンピュータでも使われてるんだ……」
 小さく呟いた声を、美咲が隣で聞き逃さなかった。
「でしょ? だから実用的なんだって」

 田所先生は腕を組み、少し間を置いてから続ける。
「コンピュータは巨大な回路の集まりだ。そこでは膨大な量の2進数がやり取りされている。それを我々が理解するための“翻訳”が、16進数なのだ」

 その言葉に、ユウトの胸がざわついた。今までただのテストのための記号だったものが、一気に現実と結びついた感覚。
 ——自分のスマホの中も、この“0と1”が流れているのか。
 ——それを読む人たちは、この“16進数”を使ってるのか。

 想像するだけで、不思議な高揚感が湧いてきた。

「……数字って、ほんとに物語があるんだな」
 思わず口にした言葉に、美咲がニヤリと笑う。
「先生の口癖、だんだん効いてきた?」
 ユウトは照れくさそうに頷いた。

「テスト本番」

 チャイムが鳴り響き、教室の空気が一瞬で張り詰めた。答案用紙が一枚ずつ配られ、ユウトの机の上にも白い紙が置かれる。手汗がじっとりとにじむ。

「……よし、やるしかない」
 深呼吸して鉛筆を握る。問題用紙の一行目には、見慣れた数字が並んでいた。

Q1. 10101(2) を10進数に直せ。

 ユウトの心臓が跳ねた。だが、もう怖くない。
「……2の4乗、2の2乗、2の0乗……16+4+1で、21!」
 スラスラと書き込む自分に驚くほどだった。

 次の問題は8進数。
Q2. 110101(2) を8進数に直せ。
「……3桁ずつ区切るんだったよな」
 「110」「101」に分けて……“6”と“5”。答えは 65(8)。

 そして最後に16進数。
Q3. 11101101(2) を16進数に直せ。
「4桁ずつで……1110 と 1101」
 1110 は14で“E”、1101 は13で“D”。答えは ED(16)。

 書き終えた瞬間、ユウトは胸の奥で静かにガッツポーズを取った。昨日まで頭を抱えていた記号の列が、今では解き明かすべき暗号のように見える。

 試験終了のチャイムが鳴ると同時に、ユウトは大きく息を吐き出した。答案を回収され、椅子に背を預けた瞬間、隣の席から小声が飛んできた。

「どう? できた?」
 美咲がニヤリと笑う。ユウトは小さく頷いた。
「……ああ。2進も8進も16進も、ちゃんとわかった」
「やるじゃん! やっぱ数字ってドラマチックでしょ?」
「……そうだな。ちょっとカッコいいかもって思った」

 二人は思わず顔を見合わせ、声を殺して笑った。試験という緊張感の中で交わした小さな笑いは、不思議な解放感に満ちていた。

(エピローグ)「数字には物語がある」

 夕暮れの教室は、窓から差し込む黄金色の光で満ちていた。試験が終わった後の静けさの中、ユウトは机に肘をつきながらぼんやりと外を眺めていた。心地よい疲労と、不思議な充実感が胸に残っている。

「高橋」
 背後から低い声がした。振り返ると、田所先生がチョークを手に立っていた。黒板にはまだ「16進数」の文字が残っている。

「……試験、どうだった」
「えっと……多分、大丈夫です」
 ユウトは照れくさそうに笑った。先生は頷き、黒板に「0」と「1」を並べながら言葉を続ける。

「数字には物語がある。——君は、それを少しは見つけられたようだな」

 その瞬間、プロローグで聞いたあの言葉がよみがえる。最初は意味がわからなかった。けれど今は違う。
 電球が点いたり消えたりする2進数。暗号みたいに区切る8進数。文字が混ざり不思議に輝く16進数。それぞれがただの記号ではなく、自分なりの物語を持っている。

「……はい。前よりちょっとだけ、数字が面白く見えるようになりました」
 ユウトの答えに、田所先生は口の端をわずかに上げる。

 そこへ、美咲がタブレットを抱えて駆け寄ってきた。
「ほらね、言ったとおりでしょ! 数字ってドラマチックなんだって!」
「うるせーな……まあ、認めるよ」
 ユウトは苦笑しながら肩をすくめる。

 窓の外、沈みゆく夕日が三人の姿を橙色に染めていた。数字と物語が重なり合う、新しい世界の扉が確かに開かれていた。

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