ETF(上場投資信託)は低コストで手軽に分散投資ができる商品として人気ですが、「信託報酬(運用管理費用)が安いETF=お得なETF」と単純に考えていないでしょうか。確かに信託報酬は重要な指標ですが、それだけでETFの本当のコスト(実質コスト)を見極めるのは不十分です。実はETFには、目に見えないコストがいくつも存在しており、知らずにいるとこれらが投資リターンを目減りさせる原因になります。
たとえば、売買のときに発生するスプレッド(買値と売値の差)や証券会社の手数料、ETFを保有している間に生じるトラッキングエラー(指数とのズレ)などは、証券会社の画面やパンフレットを見ただけでは分かりにくいコストです。また、ETFによっては信託財産留保額(解約時にかかる費用)などが設定されている場合もあります。これらは一種の“隠れコスト”であり、信託報酬よりも注意が必要なケースもあります。

本記事では、ETFにまつわる「実質コスト」を徹底的に解説します。「信託報酬が安いほど良い」という常識にとらわれず、総合的なコストを見極める方法を学びましょう。難しい金融用語も、できるだけかみ砕いて説明しますのでご安心ください。それではまず、実質コストの基本からスタートします!
実質コストとは何か?
「実質コスト」とは、ETFや投資信託を実際に運用・取引する上で投資家が負担するすべてのコストを合計したものです。一言でいえば、表に見えるコスト+見えないコストの総和が実質コストです。近年では投資信託の目論見書にも「総経費率(TER)」として、信託報酬とその他の費用を合計したコスト指標が記載されるようになりました。これは運用時にかかるすべての費用の目安で、各社共通ルールで算出されます。つまり「信託報酬=コスト」の時代は終わりつつあり、実質コストを見ることが新常識になりつつあります。
では、実質コストに含まれる具体的なコスト要素を分かりやすく分類してみましょう。大きく分けて以下のような種類があります。
✅ 見えるコスト (保有時)
(年間0.1%〜0.3%など)
(年率0.1%〜0.3%など)
👻 見えないコスト (売買・その他)
(無料の銘柄もあり)
(流動性で変動)
信託報酬(見えるコスト)
まず誰もが目にする信託報酬(運用管理費用)です。これはETFを保有している間、毎日ファンド資産から差し引かれる費用です。各ETFの目論見書や商品概要に年◯%と明記されており、いわば「見えるコスト」の代表格です。信託報酬は委託会社(運用会社)や受託会社(信託銀行)への報酬に充てられ、ETFの種類によって異なります。
たとえば国内株式指数に連動するシンプルなETFなら年0.1~0.3%程度、海外株式や戦略的な指数だと0.5%超のものもあります。近年は競争が進み、有名な指数連動型ETFでは年0.1%以下という超低信託報酬のものも登場しています。一方でレバレッジ型や特殊な商品では1%以上の例もあります。
ポイント: 信託報酬は日割りで計算されて基準価額から自動控除されるため、投資家が直接支払う場面はありません。しかし長期にわたると塵も積もって大きな差になります。例えば信託報酬0.3%と0.1%では、10年間では累積で約2%近い差となり、その分リターンに差がつきます。まずはこの「見えるコスト」を押さえつつ、それ以外にもコストがあることを念頭に置きましょう。
スプレッド・売買手数料(売買時コスト)
次に、売買のタイミングで発生するコストです。ETFは株式と同じように市場で取引されるため、売買の際に以下のコストがかかります。
- 売買手数料: 証券会社に支払う取引手数料です。現在はETFの場合、ネット証券では売買手数料が無料になっている銘柄も多くあります(主要ネット証券では一定額まで手数料無料プランも)。とはいえ無料でない場合は約定ごとに数百円~数千円などかかるので、頻繁な売買をすれば馬鹿になりません。
- スプレッド(気配値の差): 売買手数料以上に見落としがちなのがスプレッドです。スプレッドとは、市場における買い注文の最高値(ビッド)と売り注文の最低値(オファー)の価格差のこと。たとえば現在の気配が「買い2,500円 – 売り2,510円」なら、その10円の差(=0.4%程度)がスプレッドです。この差額は取引の際に投資家が間接的に負担するコストになります。買うときは高い方の値段(2,510円)を払い、売るときは安い方の値段(2,500円)を受け取るので、その間の10円分だけ損するイメージです。
このスプレッドは市場の流動性によって大きく異なります。出来高が多く板(注文簿)が厚い人気ETFでは、スプレッドがわずか数ティック(数円)、割合にして0.1%以下ということも珍しくありません。一方、出来高が少ない銘柄では買いと売りの希望価格に開きがあり、平常時でも1~2%以上スプレッドが開くこともあります。言い換えると、人が少ない閑散とした市場では買いたい人と売りたい人の希望が噛み合わず、価格の谷間(ギャップ)が大きいのです。これはちょうど、人通りの少ないフリーマーケットで売り手と買い手の言い値が大きくズレているようなものです。一方、人が多く競争の激しい市場では価格差(ギャップ)は自然と縮まります。
ETFの売買コスト
売買手数料
証券会社へ支払う取引手数料。
近年は無料の銘柄も多い。
スプレッド
買い注文と売り注文の価格差。
見落としがちな隠れたコスト。
📈 出来高が多い時 (人気銘柄)
買い手と売り手が多く、価格差(スプレッド)が小さい
📉 出来高が少ない時 (不人気銘柄)
買い手と売り手が少なく、価格差(スプレッド)が大きい
出来高が多く、流動性の高いETFを選ぶとスプレッドを抑えられます。
また、売買タイミングによってもスプレッドは変動します。詳細は後述しますが、市場開始直後や終了間際は価格変動が大きく、マーケットメイカー(後述)が提示する気配も広がりがちです。売買するときはこのスプレッドという「隠れた手数料」をいかに小さく抑えるかが重要になります。具体的な対策は後ほど「スプレッドと出来高の落とし穴」で解説します。
トラッキングエラー(保有中コスト)
トラッキングエラーとは、直訳すると「追跡誤差」。ETFなどインデックス運用の商品がベンチマーク(指数)とズレてしまう度合いを指します。ETFは本来、対象指数と同じ値動きを目指しますが、現実にはわずかな差異が生じます。これを数値化したものがトラッキングエラー(一般的には年率換算)です。
例えば指数が+5%上昇した年にETFが+4.7%だった場合、差の0.3%がトラッキングエラーになります。なぜズレが生じるのでしょうか?主な理由は3つあります:
- 運用コストの負担: 先述の信託報酬や売買時の手数料などにより、ETFの資産は指数に比べてじわじわと削られます。その分、パフォーマンスが低下します(指数は理論上コストゼロで計算されるため、その差が出る)。
- 完全連動の難しさ: ETFは実際の資産を使って運用するため、指数構成銘柄を完全に同じ比率で保有しきれない場合があります。特に構成銘柄が多い指数や流動性の低い銘柄を含む指数では、一部を組み入れなかったり比率がズレたりすることがあります。また、ファンドへの資金流出入に伴い、現金を保持する割合が発生することもあり、それもズレの原因になります。
- 配当や税金・再投資のタイミング: 指数(特に「トータルリターン指数」)は配当金を即座に再投資した前提で計算されます。しかし、ETFでは実際に配当金を受け取ってから再投資するまでタイムラグがあったり、国内外の課税で一部ロスが出たりします。その結果、指数に比べて再投資の効率が若干劣ることがあります。
トラッキングエラーとは?
track指数(指数)をETFがぴったり追走できないこと。 その「ズレ」がトラッキングエラーです。
運用コスト
信託報酬など費用でパフォーマンスが削られる
完全連動の難しさ
構成銘柄の比率が完璧に一致しない
配当・税金のタイミング
再投資までの時間差や課税で誤差が生じる
トラッキングエラーが小さいほど、優秀なETFと言えます。
以上の要因で、ETFの基準価額(NAV)は指数とピタリ一致とはいかず、わずかながら「誤差」を積み重ねます。一般的に日本の大型株指数に連動するETFでは年0.1~0.3%程度のトラッキングエラーが多く、この範囲なら目標どおりと言えます。しかし、新興国株式や債券など一部では流動性や運用難度の関係で年1%以上の乖離が出ることもあり、実質コスト以上にリターンを押し下げるリスクがあります。したがって、保有中も定期的にファンドがきちんと指数に追随できているかを確認することが大切です(具体的な確認方法は後述の「トラッキングエラーの正体」で紹介します)。
信託財産留保額・その他(隠れコスト)
最後にその他の隠れたコストです。ここにはETFを購入・解約(換金)するときに発生しうる費用や、ファンド内部で発生する雑多な費用が含まれます。代表的なものを挙げます。
- 信託財産留保額: ETFを解約(償還請求)する際にかかる費用で、解約代金から控除されてファンドに留保されるお金です。オープン型の投資信託では短期解約の抑制や残存投資家の保護のために0.1%程度設定されることがありますが、一般にETFでは設定されないか「0」となっている場合が多いです。実際、人気ETFの例では信託財産留保額が「ありません」と明記されています。
- 上場時の費用・指数使用料: ETFは取引所に上場する際や上場後に上場維持コスト(東京証券取引所への年間上場料等)がかかります。また指数に連動する場合、指数の商標使用料も発生します。例えば日経平均株価など有名指数には指数利用料がかかり、これはファンドの経費として差し引かれます。具体例を挙げると、あるETFでは信託報酬年0.08%に対し、指数使用料0.055%と上場料0.008%程度が別途かかり、合計約0.143%が実質コストという試算もあります。信託報酬だけ見て「年0.08%で安い!」と思っても、実際には諸費用込みで0.14%程度かかるわけです。
- ファンド内部の諸経費: その他、ETFが運用される中で発生する売買委託手数料(組入有価証券を売買するとき証券会社に支払う費用)や現物資産の保管費用(海外資産を現地保管するカストディ費用)、監査費用(ファンドの会計監査を監査法人に依頼する費用)、租税(ファンドが外国株式売買で支払う取引税など)といったコストも存在します。これらはあらかじめ料率を定めづらく上限も明示できないため、目論見書では「その他費用」として概算が示されるに留まります。実際にどれくらいかかったかは運用報告書で事後的に明らかになることが多く、そのため「隠れコスト」とも呼ばれます。
目論見書には見えづらい、ファンド内部で発生する費用
信託財産留保額
解約時に引かれるコスト。
ETFでは「0」が多い。
上場時の費用・指数使用料
取引所への維持費や
指数の利用料など。
ファンド内部の諸経費
売買委託手数料、保管費用、
監査費用など。
信託報酬以外にもコストがあることを知っておきましょう。
以上のように、ETFには信託報酬以外にも様々なコストが内在しています。普段は意識しづらいですが、長期で見れば確実にパフォーマンスに影響を及ぼすものです。
では次章から、これら各コストについてさらに詳しく、実務面でどう注意すべきかを見ていきましょう。
スプレッドと出来高の落とし穴
まずは「売買時のコスト」であるスプレッドにスポットを当てます。ETF初心者が見落としがちなのがこの部分です。せっかく信託報酬の安いETFを選んでも、売買のたびに大きなスプレッドを払っていては台無しです。ここでは板(注文簿)の厚みや出来高との関係、時間帯によるスプレッドの変化、流動性を支えるマーケットメイカー制度、そして発注方法の違いによる注意点を解説します。
板の厚さ・気配値の差
「板が厚い」とか「薄い」という表現を聞いたことがあるでしょうか。板とは市場の注文状況一覧のことで、どの価格にどれだけの買い注文・売り注文が並んでいるかを示すものです。板が厚い=多くの注文が存在する状態、板が薄い=注文が少なくスカスカな状態を指します。
板の厚みはスプレッド(気配値の差)と密接に関係します。板が厚い銘柄ほど、買い気配と売り気配が近い価格でマッチしやすく、結果としてスプレッドが狭くなる傾向があります。一方、板が薄いと買い手と売り手の希望価格が噛み合わず、気配値の差が広がりがちです。極端な例では、買い注文がまったく入っていない価格帯があると、その次に安い売り注文まで何十円も飛んでしまい、大きなギャップが生じます。
例えばあるETFの板が「買い:2,500円(100口); 2,495円(50口)… / 売り:2,510円(200口); 2,520円(300口)…」というように分厚ければ、最良気配の差は10円程度です。しかし板が薄く「買い:2,500円(10口)しかない / 売り:2,600円(5口)しかない」みたいな状況だと、一挙に100円ものスプレッドになってしまうこともあります。
「板が厚い」市場
取引参加者が多く、活気がある状態
結果:スプレッドが狭い
買い手と売り手の希望価格が近いため、公正な価格で取引しやすい。
「板が薄い」市場
取引参加者が少なく、閑散とした状態
結果:スプレッドが広い
希望価格が噛み合わず、意図しない価格で取引してしまうリスクあり
板の厚さ=出来高や流動性の高さとも言えます。一般に出来高が安定して多いETFは常に取引参加者(人やアルゴリズム)がいて注文が埋まりやすく、スプレッドも安定して狭いです。一方、日によって出来高がゼロの日もあるようなETFは、注文が途切れると気配がスカスカになって価格が不連続に飛びがちです。板とスプレッドの関係は、初心者には少しイメージしづらいかもしれませんが、「人が多い市場は値段の差が小さく、人が少ない市場は差が大きい」と覚えておくと良いでしょう。
時間帯別スプレッド(前場/後場/引け)
板の状況ともう一つ、取引時間帯もスプレッドに影響します。日本株式市場には前場(午前9:00~11:30)と後場(12:30~15:00)の取引時間があり、特に寄り付き直後と大引け間際には注意が必要です。
- 寄り付き直後(市場開始後数分): 夜間の海外市場動向やニュースを織り込むため、日本市場の開始直後は価格変動が激しくなりがちです。ETFのマーケットメイカーも慎重になるため、開始後しばらくは気配を広め(スプレッドが大きめ)に提示することがあります。特に原資産(対象指数の構成銘柄)の市場が開いていないETF(例えば米国株ETFを日本時間朝に取引する場合など)は、適正価格が読みづらいのでなおさらです。取引開始直後のバタバタした時間帯は避けるのが無難です。
- ザラ場(取引所が開いている通常時間帯): 前場の中盤~後場の中盤にかけては市場も落ち着き、スプレッドも比較的安定します。原則として原資産市場(日本株ETFなら東証、米株ETFなら米国市場など)が開いている時間帯に売買するほうが、マーケットメイカーも積極的に裁定取引を行えるため、スプレッドは狭まりやすいです。逆に、原資産の市場がクローズしているときは裁定が効きにくくスプレッドが広がる傾向があります。米国株ETFを日本のお昼に取引するときなどは、この点に留意しましょう。
- 引け間際(終了前数分): 大引け前も注意です。引けにかけて機関投資家の大口注文やリバランスが集中したり、クローズオークション(板寄せ)が行われたりするため、終了直前も値動きが大きくスプレッド拡大が起こりやすいです。特に後場15:00前の最後の5~10分はできれば避け、どうしても引けで売買したい場合はプレ・クロージングなどのルールを理解した上で臨む方が良いでしょう。
取引時間帯によるスプレッドの変動
市場の活気によって、価格の差(スプレッド)は大きく変わります。
寄り付き直後
価格が不安定になりがちです。
スプレッド: 広い
ザラ場
市場が落ち着き、流動性が安定します。
スプレッド: 狭い
引け間際
大口注文が集中し、価格が変動しがちです。
スプレッド: 広い
具体的アドバイス: 「1日のうちで避けるべき時間帯は、寄り付き直後と引け直前の10分」と覚えてください。この時間を外せば常にOKというわけではありませんが、少なくとも不利なレートを掴まされるリスクは減ります。初心者ほど心配で市場開始直後に飛びつきがちですが、ちょっと待つくらいが丁度良いのです。
マーケットメイカー制度の役割
板を厚くしスプレッドを狭めるために、東京証券取引所ではマーケットメイカー制度が導入されています。マーケットメイカー(MM)とは、証券会社など専門の流動性供給業者が常に一定の注文を板に提示して売買を成立させやすくする仕組みです。ETF市場では2018年から本格導入され、現在では多くのETFでMMが活動しています。
MM制度では、東証が指定した対象ETFについて、参加する証券会社等のマーケットメイカーに「常時○○円規模の注文を△△%以内のスプレッドで出す」という義務(オブリゲーション)を課します。例えば「1億円分の気配を常に2ティック(約0.2%)以内の差で提示」といったルールです。その代わりMMは東証からインセンティブを得られる仕組みになっています。これにより、対象ETFでは平常時ほぼ常に板に厚みがあり、大口の取引でも即時に安価な売買ができることが期待されています。
現に、海外ETF市場で有名なMM企業であるフロー・トレーダーズ社なども日本のETF市場に参入しており、「当社がMMとして流動性を提供することで、投資家はより良い取引執行と取引コスト削減のメリットを享受でき、市場全体も効率的で透明性が高まる」と述べています。MMは常に裁定取引などで裏側のリスクヘッジを行いながら、中立的な立場で板に気配を出し続けます。その存在は個人投資家にとって大変心強いものです。
マーケットメイカー (MM)
専門の業者が常に
注文を出し続ける
東証
常時注文を提示
投資家
安く、素早く取引
MM
報酬を得る
結果
板が厚い
スプレッドが狭い
取引コスト削減
MM制度の実務上のポイント: ETFの中には東証のMM制度対象となっているものと、そうでないものがあります。対象ETFは東証のウェブサイトや月次報告資料で明示されています(先ほどの例では1577が対象になっていることが記載されていました)。基本的に主要指数や人気テーマのETFの多くはMM対象ですが、マイナーなものは対象外の場合もあります。対象外ETFでは板の形成がマーケット参加者任せになるため、出来高が少ないETFは思わぬスプレッド拡大リスクがあります。ETFを選ぶ際、「これはMMが付いて流動性を支えているかな?」と意識してみるのも一つの視点です。
成行 vs 指値注文、なぜ初心者は損をするのか
最後に発注方法によるコスト差について触れておきます。ETFを含む株式取引では注文方法に成行注文(なりゆき)と指値注文があります。初心者の中には「買いたいときにすぐ買える成行が便利」と成行注文ばかり使う人がいますが、これはスプレッド負けを誘発する危険な習慣です。
成行注文は値段を指定せず、今出ている最良気配で即約定させる注文です。一見スピーディーで良さそうですが、板が薄かったりスプレッドが広がっていたりすると、予想外に不利な価格で約定してしまうことがあります。例えば本来2,500円程度で買えると思って成行買いしたら、板が薄くて実は誰も売りに出しておらず、気付いたら2,600円で約定していた、なんてケースです。これは極端な例に感じますが、流動性の低いETFでは実際に起こりえます。
一方、指値注文は「○○円以下で買う(以上で売る)」と価格を指定する方法です。指値なら自分が納得する上限価格で買えますし、スプレッドが一時的に広がっていても不利な値段で飛びつく心配がありません。言わば値段交渉のできる注文です。マーケットが大きく動いていても、指値にしておけば約定しないだけで損失は出ません(機会損失はあるかもしれませんが)。
初心者が損をしがちな理由は、この成行注文の乱用にあります。特に板の状況を見ずに成行で買うとスプレッドの餌食になりがちです。「すぐ買いたい!」という心理は分かりますが、慌てず指値を使いましょう。目安として、よほど板が厚くスプレッドが1ティック程度の状況以外は基本指値、急変動でどうしてもすぐ手仕舞いたいときだけ成行、と使い分けるのが賢明です。
ワンポイント: 指値注文する際は、板の最良気配より少し有利な方向に価格を入れると早く約定しやすいです。例えば現在2,500円-2,510円なら、買い指値を2,505円に入れれば即座に2,510円の売り板とマッチして2,505円で約定するでしょう(※板によってルールがありますが基本的な考え方)。ただし、板が薄い場合は指値を入れても待っている間に価格がどんどん動くこともあるので、市場状況を見つつ判断してください。
成行注文 (Market Order)
値段を指定せず、すぐに約定
予期せぬ高値で買う
指値注文 (Limit Order)
値段を指定して注文
自分が納得する値段で買える
以上、スプレッドと出来高、発注方法について見てきました。「思ったより複雑だな…」と感じた方もいるかもしれません。しかし要点はシンプルです。「流動性の高いETFを選び、落ち着いた時間帯に指値でゆっくり取引する」——これだけで売買コストの大半は抑えられます。では次に、保有中のコスト「トラッキングエラー」について深掘りしてみましょう。
トラッキングエラーの正体
続いて「保有中コスト」とも言えるトラッキングエラー(以下、TE)についてです。先ほど概要を説明しましたが、ここでは指数との乖離が生まれる具体的なメカニズムや、投資家としてそれをどう把握するかを取り上げます。地味なポイントに思えるかもしれませんが、長期投資ではジワジワ効いてくる大切な要素です。
指数と実際の乖離が生じる理由
改めて、なぜETFは指数とピタリ同じ成績にならないのでしょうか。理由の第一はコスト負担であることは先述の通りです。信託報酬や売買コストのぶんだけ、理論上指数に負けてしまいます。この点は避けられません。
第二に、運用上の制約があります。指数の計算上は小数点以下何桁までの割合で銘柄を組み入れていますが、実際のETF運用では端数の問題があります。例えばある銘柄を指数比0.003%だけ持つ、なんて場合、ファンドの規模によっては1株にも満たないため組み入れ不能ということもあり得ます。また指数の入替があった際、機械的に同時に組み替えるのは難しく、タイミングのズレが発生します。その過程で売買コストや価格インパクトが生じ、わずかに指数との差異が蓄積されます。
第三に、配当や税金処理の差です。多くの株価指数は配当込み(トータルリターン)で計算されますが、ETFがその配当を再投資するにも実際には配当金が支払われてから運用に組み入れるまで時間差があります。また国内株の場合、配当には源泉税がかかりますが、指数計算上は税引前の配当を再投資するので、その税差分だけETFは不利です(近年、二重課税調整制度である程度改善されましたが完全ではありません)。
理由1:コスト
- 運用コスト(信託報酬など)
- 売買コスト(手数料、スプレッドなど)
理由2:運用上の制約
- 端数や取引の制約
- 指数の入れ替えのタイムラグ
これらの理由でETFと指数の間に「目に見えない小さなズレ」が日々積み上がり、長期では差となって現れます。例えるなら、登山で先頭を行く指数に対し、ETFは少し重い荷物(コスト)を背負って歩いているようなイメージです。最初は並んでいても、徐々に差が開いていく——それがトラッキングエラーの正体です。
配当再投資・リバランス費用の影響
具体的な影響の大きさについて、もう少し踏み込みましょう。配当再投資に関しては、日本株ETFの場合、ファンドが受け取った配当金は分配金として投資家に支払われるか、あるいはファンド内で再投資に回されます。もし分配型(配当を定期的に支払う)のETFなら、一度基準価額から配当相当額が抜け落ち、その後再投資によって埋め合わせることはできません。配当込み指数をベンチマークにしている分配型ETFは、その分だけ指数に遅れがちになります。一方、無分配(配当再投資型)のETFであれば配当金をファンド内で即再投資しますが、それでも実務上は配当金の入金から再投資完了までタイムラグがあり、指数が即座に再投資した前提より一歩遅れます。
リバランス費用も見逃せません。指数が定期入替や比率調整を行う際、ETFもそれに倣って組入れ銘柄を売買します。当然、売買にかかる手数料や売買差益に対する税(海外ETFなら現地取引税など)が発生します。さらに、大量に売買すれば市場価格に影響を与え、不利な価格で取引せざるを得ないこともあります。特に規模の小さなETFほど指数変更の際のコスト負担割合が大きくなりやすく、結果として指数との差を生む一因となります。
配当再投資の遅れ
ETFは配当金を受け取ってから再投資するまでに
タイムラグが発生します。
※無分配型でもわずかな遅れが生じます。
リバランス費用
指数の銘柄変更や比率調整に伴う売買で、
手数料や税金などのコストが発生します。
市場価格への影響も…
- 手数料・税金
- 市場への影響(不利な価格での売買)
配当再投資の遅れとリバランスコストが、
ETFと指数の乖離(かいり)の主な原因です。
まとめると、配当再投資の遅れと組み替え時のコストが、信託報酬以外の主要な乖離要因です。幸い、日本株の代表的なETFではこれらの影響はごく小さく抑えられており、年間数十ベーシスポイント(0.1%未満)程度が普通です。しかし、新興国株ETFなどでは配当利回りが高く源泉税の影響も大きかったり、流動性低い銘柄の入替でコストがかさんだりして、想定以上の差が出ることもあります。
月次レポートの“トラッキング差”の読み方
では、投資家は自分の持っている(または購入検討中の)ETFのトラッキングエラーをどう把握すればよいでしょうか。役に立つのが運用会社から提供される「月次レポート(マンスリーレポート)」です。月次レポートにはそのETFの1ヶ月、3ヶ月、1年といった期間ごとの騰落率(リターン)が掲載され、多くの場合「ベンチマーク指数との差」も併記されています。これが俗に言う「トラッキング差」です。また、「トラッキングエラー(TE)」という項目で年度ごとの乖離の標準偏差を載せている場合もあります。
実際の月次レポートを見ると、例えばあるETFの1年間の基準価額騰落率が+10.2%、ベンチマークが+10.5%なら「▲0.3%」といった具合に差分が示されています。この値こそ投資家が実質コストとして実感する数字です。「このETFは指数より0.3%低かったんだな」とわかります。さらに月次レポートでは設定来(運用開始から現在まで)の乖離率推移をグラフで示しているケースもあります。右肩下がりの線グラフになっていれば指数に対して遅れていることを示します。
加えて、運用報告書(年次レポート)には実質的なコスト(実質コスト)も掲載されます。ここには実際に1年間でかかった信託報酬以外の費用を合計し、平均純資産で割った比率が書かれています。「隠れコスト」と呼ばれるものの正体がわかるわけです。先述の通り、まだ運用1年未満のETFだと掲載義務はありませんが、1年以上経過していれば確認できます。
月次レポート活用術: 気になるETFがあれば運用会社サイトで月次資料を入手し、「基準価額(分配金再投資)とベンチマークの騰落率」をチェックしましょう。例えば国内大型株ETFを比較検討するなら、トラッキング差がより小さいものを選ぶことで「余計な乖離リスク」を抑えられます。長期投資ではこの差が複利で効いてきます。運用会社によっては「トラッキングエラー(標準偏差)○○%」といった指標も載せています。同カテゴリーETF間で大差なければ気にしすぎる必要はありませんが、明らかに差があれば理由を調べる価値があります。
月次レポートの“トラッキング差”の読み方
トラッキング差
ETFのリターンと
ベンチマーク指数のリターンの差
ETF: +10.2%
指数: +10.5%
差: ▲0.3%
実質コスト
運用報告書に記載される
信託報酬以外の費用
信託報酬 + 隠れコスト
(売買手数料、税金など)
トラッキングエラー
乖離の
標準偏差
数値が低いほど
乖離が小さい
賢い投資家への第一歩
月次レポートをチェック
運用会社サイトから入手
トラッキング差を確認
乖離が小さいETFを選ぶ
※トラッキングエラーは、ETFがベンチマーク指数にどれだけ忠実に追随しているかを示す指標です。
以上、トラッキングエラーについて詳しく見てきました。普段あまり意識しない部分ですが、指数連動を標榜するETFであっても完全ではないという点は押さえておきましょう。指数に対してどの程度ずれているか、その傾向を把握しておくことが賢明な投資家への第一歩です。
ケーススタディ:同じ信託報酬でも結果が違う
理論的な話が続いたので、ここで具体的なケーススタディをしてみましょう。テーマは「信託報酬が同じくらいならどのETFでも成果は同じか?」という問いです。結論を言えば、答えはNOです。信託報酬が等しくても、これまで述べてきた実質コスト要因によって最終的なリターンには差が生じます。特に流動性(出来高)の差は見逃せません。
高流動性ETF(例:1489) vs 流動性が低いETF
比較例として、日本株高配当ETFの2つの銘柄を考えてみます。仮にどちらも信託報酬は年0.3%程度としましょう。ひとつは大人気で純資産総額4,000億円超と規模が大きく出来高も多いETF(例:「1489 NEXT FUNDS 日経平均高配当株50指数連動型上場投信」)です。実際1489の信託報酬は税込0.308%に設定されています。純資産総額は2025年9月時点で約4,060.8億円にも達しています。日々の出来高も数十万~数百万口と活発で、1日の売買代金は数十億円規模になることもあります。
もう一方は、それと類似の高配当株指数に連動するものの、純資産総額が例えば1,500億円程度と小さめで出来高も少ないETF(例:「1577 NEXT FUNDS 野村日本株高配当70連動型上場投信」)とします。1577の信託報酬は税込0.352%でほぼ同水準、純資産総額は1,478億円程度です。出来高は日によって数千口程度と、1489に比べるとかなり少ない状況です。
この2つ、信託報酬はほぼ同じですが本当に「コスト面で互角」でしょうか?考えてみましょう。
- スプレッドの違い: 出来高が多い1489は板が厚く、平常時のスプレッドもごくタイト(狭い)です。実際、1489はマーケットメイカー制度の対象にもなっており、常に大口の注文が厚く出ています。スプレッドが0.05~0.1%程度で収まる場面が多いでしょう。一方、1577は流動性が低く、マーケットメイカーの気配はあるものの板は1489ほど厚くありません。場合によってはスプレッドが0.5%以上開くことも考えられます。仮に投資家が年1回リバランスで売買するとしたら、1489では片道0.05%、往復でも0.1%程度のコストで済むのに対し、1577では往復1%近い隠れコストを払ってしまうかもしれません。
- トラッキングエラーの違い: 1489のように規模が大きいETFは、指数構成銘柄をほぼ完全に組み入れ、配当再投資も効率よく行えます。そのためトラッキングエラーはかなり小さく抑えられます(仮に年0.2%程度とします)。一方、1577のように規模が劣るETFでは、組入銘柄の実際の売買で若干効率が落ちたりコスト負担割合が高くなったりする可能性があります。仮に年0.4%程度の乖離が出たとします。すると毎年0.2%多く指数に負けていく計算です。
- その他費用の違い: 信託報酬はほぼ同じでも、指数使用料や上場費用の固定部分は純資産に対する割合で見ると小さいETFの方が重くのしかかります。仮に1489では諸費用合計が0.05%だったものが、1577では0.07%だった、ということも起こりえます(実数は例示)。
高流動性ETF (例: 1489)
純資産総額・出来高: 非常に多い
スプレッド: ごく狭い (例: 0.05%~0.1%)
トラッキングエラー: 小さい
低流動性ETF (例: 1577)
純資産総額・出来高: 少ない
スプレッド: 広い (例: 0.5%以上も)
トラッキングエラー: 大きい
結論: 見かけのコストに注意
信託報酬が同じでも
流動性で
実質コストに差が出る
※低流動性ETFは、特に売買コストが信託報酬以上に影響することがあります。
以上を総合すると、表面上はどちらも「信託報酬0.3%前後」でも、実質コストでは1489が年0.4~0.5%、1577が年1%弱といった差になるシナリオもありえます。極端な仮定に思えますが、実際に出来高が低いETFではスプレッド負担が信託報酬以上に響くことがあります。特に一度に大きな額を売買しようとすると、板の薄いETFでは数%も価格を食い下がってしまうケースすらあります。
コスト総合で見るとどちらが有利か?
上記のように試算すると、総合的なコスト負担は明らかに1489(高流動性ETF)の方が低く抑えられそうです。信託報酬が同水準なら、出来高が多く板の厚いETFを選ぶほうが有利であることがわかります。
もちろん、ここで挙げた1489と1577は例示であり、実際のパフォーマンスにはそれぞれの指数の特色(銘柄組み入れの違いによるリターン差)も影響します。しかし「コスト面」だけを純粋に比較するなら、スプレッドが狭くトラッキングエラーの小さいETFが長期的に投資家の手元リターンを高めてくれるのは間違いありません。
現実には信託報酬が安いETFほど出来高も大きくなる傾向があり、コスト面で優秀なものは人気化してさらに流動性が向上するという好循環があります。一方、後発で出てきた類似ETFが信託報酬を下げて挑戦しても、流動性で劣るためになかなか乗り換えが進まないということもあります。結局、トータルで投資家有利なのはどちらかを皆が判断しているのです。
ケーススタディまとめ: 単純比較ですが、「信託報酬が同じなら出来高の多いETFを選べ」という一つの指針が見えてきます。逆に、どんなに信託報酬が安くても出来高ゼロ同然のETFだと売買だけでコスト負けしてしまう可能性があります。ETF選びでは「信託報酬+流動性」セットで比較することが重要なのです。
まとめ
ETFのコストについて、「信託報酬が安い=お得」という単純な図式では語れないことをご理解いただけたでしょうか。信託報酬は氷山の一角であり、その下にはスプレッドやトラッキングエラー、各種費用といった隠れたコストが潜んでいます。特に売買のタイミングや方法次第で、実質コストは大きく変わりうる点は重要です。初心者ほど疎かにしがちなポイントですが、ここを意識するだけで長期リターンに差が出ます。
幸い、近年は投資信託の目論見書への総経費率(TER)記載義務化や、二重課税調整の導入、マーケットメイカー制度の拡充など、個人投資家がコストで不利になりにくい環境整備も進んでいます。とはいえ最終的に自分の資産を守るのは自分です。ETFは「買って放置」ではなく、適切な商品選択と取引工夫があってこそ本来の低コストメリットを享受できるものです。

ぜひ次回ETFを購入する際には、「信託報酬だけでなく実質コストまで考えて選ぶ」こと、そして実際に買う前に月次レポートと板状況をチェックし、指値で落ち着いて発注することを実践してみてください。きっと今まで以上に納得のいく投資ができるはずです。長期的にはこの積み重ねが数%の差となり、大きなリターンの違いを生む可能性もあります。
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