ETFは株と同じように取引所で売買できる。
だから株と同じ構造だと思われがち。
ここが最初の落とし穴。
株式の売買は、基本的に「すでに発行されている株」を投資家同士が交換しているだけ。
その日の売買で株数が突然増えたり減ったりはしない。
一方ETFは、見た目は株でも、裏側で発行口数が増減する。
この増減が起きる場所が一次市場、いわゆるCreation/Redemption、設定と解約だ。
本記事の目的は、なぜこの制度が必要で、誰が何を動かし、どう価格が整うのか。そこを構造で理解すること。
読み終えたとき、次の判断ができるようになる。
取引所でETF価格がNAVからズレたとき、それが単なる需給の偏りなのか、市場構造の摩擦なのかを切り分けられる。
さらに、ズレを見て成行で突っ込むような失点を避けられる。
なおNAVは純資産価値のこと。
ETFが実際に持っている中身の時価合計だ。
なぜこの仕組みが存在するのか
制度は便利だからあるわけではない。
市場の問題を現実的に解くために設計されている。
ETFが解決したい問題はシンプル。
ETFは株の形をしているが、中身は指数やセクターの銘柄バスケット。
指数とは、ルールで作った成績表のこと。
つまり本来の価値は、中身の合計で決まる。これがNAVだ。
しかし取引所の価格は、その場の注文で決まる。
注文は感情や資金事情で偏る。
買いが殺到すれば価格は上に跳ねる。
売りが殺到すれば下に沈む。
もしETFが株と同じく発行口数が固定ならどうなるか。
価格は中身から簡単に乖離し続ける。
ここだけ押さえる。
ETFは中身と価格が近いことに意味がある。
乖離が放置されると、投資家は中身以上の値段を払うか、中身以下で売ることになる。
ズレが常態化すれば、指数連動商品としての信頼を失う。
さらに流動性にも歪みが出る。
ETFが担うはずの「まとめて売買できる便利さ」が、ただの価格ノイズになる。
注文の偏りそのものは消せない。
ならば供給量を動かすしかない。
価格がズレたら、口数を増減させる。
これが一次市場の存在理由だ。
構造の全体像を描く
登場主体を整理する。名前より役割が重要。
投資家
個人でも機関でもよい。
投資家は取引所、つまり二次市場でETFを売買する。
ここは株と同じ表舞台。
運用会社(ETFスポンサー)
代表例で言えば、
BlackRock や
Vanguard のような運用会社だ。
ETFのルールを作り、指数に沿って中身を管理する。
どの銘柄を、どれだけ持つかを決めるのが役割。
ただし運用会社は、取引所の価格を直接コントロールしない。
価格形成は市場に委ねられている。
AP(Authorized Participant=認定参加者)
ここが核心。
APは運用会社と契約した特別な参加者。
ETFの口数を設定したり解約したりできる。
つまり一次市場にアクセスできるのはAPだけだ。
投資家が取引所でいくら売買しても、原則として口数は増えない。
口数を動かせるのは、AP経由の一次市場のみ。
バスケット(現物の中身)
ETFは指数に連動する。
ならば「どの銘柄をどれだけ持つか」が定義される。
その中身の受け渡しを行うのがCreation/Redemptionだ。
メカニズムの核心
ここからが本題。
Creation/Redemptionを因果で追う。
Creation(設定)で何が起きるか
Creationは、ETFの新しい口数が生まれる手続き。
APが運用会社に中身のバスケットを渡す。
運用会社は見返りにETF口数をAPに渡す。
これで発行口数が増える。
ポイントは二つ。
1つ目。
ETF口数は取引所で勝手に増えない。
中身を入れることと引き換えに増える。
2つ目。
Creationはふつう大口単位で行われる。
このまとまりをcreation unitと呼ぶ。
個人が1口買ったから口数が増えるわけではない。
裏口があって、そこをAPだけが使う。
では、なぜCreationが起きるのか。
典型はETF価格がNAVより高いとき(プレミアムの状態)。
ここで裁定が出てくる。
裁定は、ズレを利益に変える取引。
ETFが中身より高いなら、APはこう動ける。
- 中身(バスケット)を市場で買う
- 運用会社に渡してCreationする
- 受け取ったETF口数を取引所で売る
中身を安く仕入れて、ETFを高く売る。
差分が利益になる。
同時に、ETFの供給が増える。
取引所では売りが出やすくなる。
結果としてETF価格は下がり、NAVに近づく方向へ圧力がかかる。
価格が収束する力は、供給量を増やせるプレイヤーがいる、という構造の話。
Redemption(解約)で何が起きるか
Redemptionは逆。
ETFの口数が消える手続き。
APが運用会社へETF口数を渡す。
見返りに中身のバスケットを受け取る。
これで発行口数が減る。
典型はETF価格がNAVより安いとき。
ディスカウントの状態。
ETFが中身より安いなら、APはこう動ける。
- 取引所でETFを安く買う
- 運用会社に渡してRedemptionする
- 受け取った中身(バスケット)を市場で売る
安いETFを買って、中身に交換し、中身を高く売る。
差分が利益になる。
同時にETFの供給は減る。
取引所のETFは相対的に希少になる。
結果としてETF価格は上がり、NAVに近づく方向へ圧力がかかる。
ここまでで重要なのは、収束は自動現象ではないこと。
収束は、APが動ける条件が揃ったときに起きる取引の結果だ。
どの条件で機能が弱まるのか
初心者が一番やりがちなのは、
ETFはいつでもNAVに張り付くと思い込むこと。
これは雑すぎる。
収束機能は万能ではない。
弱まる要因は、だいたい摩擦。
- 中身が取引しづらい(債券、新興国、流動性が薄い銘柄)
- 市場が荒れてスプレッドが拡大(スプレッド=売値と買値の差。実質コスト)
- 取引時間がズレている(中身市場が休場、または時間外)
- APのリスク制約が強い(在庫、資本規制、ヘッジ困難)
摩擦が強いと、理屈では儲かってもAPが動けない。
動けないなら供給調整が起きない。
供給が動かなければ価格は収束しにくい。
収束しないこともある。
答えはここにある。
実際の市場シーンで考える
抽象理解だけだと判断力にならない。
具体の局面で、何が起きていて、何を見ればいいかを整理する。
シーン:急落局面でETFがNAVよりディスカウントになる
株式市場が急落すると、まず取引所でETFが売られる。
恐怖で売りが集中し、板が薄くなる。
買い手が慎重になり、ETFの取引所価格が先にガクッと下がる。
一方でETFの中身は、別テンポで値付けが進む。
指数採用銘柄は数が多く、約定も分散する。
値付けが追いつかないと、NAVの計算も遅れやすい。
結果として、ETF価格がNAVより安いように見える状態が出る。
よくある誤解:ディスカウント=壊れた、ではない
ディスカウントを見ると、こう考えがち。
ETFが壊れた。
誰も買っていない。
逃げるべき。
でもこの反応は、二次市場の恐怖だけで結論を出している。
一次市場の仕組みで補正できる可能性を見落としている。
見るべきは2つだけ
見るポイントは増やさない。
次の2つで十分。
1. そのズレは裁定できるズレか、摩擦の値段か
急落時は市場が荒れて、摩擦が強くなる。
スプレッドが広がる(売値と買値の差が大きい=コストが重い)。
中身の値付けも荒れる。
APはヘッジや現物調達が必要だが、環境が悪いと動けない。
APが動けないなら裁定が回らない。
裁定が回らないならディスカウントは残る。
このときのディスカウントは、需給のシグナルというより、
流動性が悪化している値段になりやすい。
2. 発行口数(Shares Outstanding)が増減しているか
ここがCreation/Redemption理解の真価。
出来高が膨らんでも、口数が減っていないなら、
投資家同士が席替えしただけの可能性が高い。
口数が減っているなら、Redemptionが進んでいる。
APがETFを吸収して中身に交換している。
裏側では供給が減る方向の力が働いている。
同じディスカウントでも意味が変わる
口数が減っているディスカウントは、APが動けている可能性がある。
市場がまだ機能している寄り。
口数が動かないディスカウントは、APが動けない摩擦局面の可能性がある。
収束装置が止まり気味、というサインになりやすい。
売買の結論:成行が最悪になりやすい
急落で板が薄いときの成行は、理論価値から遠い場所で約定しやすい。
価格に賭けたつもりで、スプレッドに課金しやすい。
Creation/Redemptionを理解すると、
指値・時間帯・流動性を、気分ではなく因果で選べるようになる。
ここが実戦で効く。
この理解がもたらす判断力
Creation/Redemptionを理解すると、ETFの見方が変わる。
結果として、判断がブレにくくなる。
出来高と資金流入を分けて見られる
取引所(二次市場)の売買は、持ち主が入れ替わっているだけ。
一次市場の設定・解約は、ETFの口数そのものが増えたり減ったりする動き。
この区別がないと、出来高が増えただけで資金が入ったと勘違いしやすい。
口数(Shares Outstanding)が増減しているかを見ると、席替えなのか、器が大きくなったのかを切り分けられる。
プレミアム/ディスカウントを一発で危険判定しなくなる
価格のズレは、制度の故障とは限らない。
むしろ市場の摩擦が強いサインのことが多い。
APが動ける環境なら、ズレは縮まりやすい。
APが動けない環境なら、ズレは残りやすい。
この視点があると、ズレた=即撤退、みたいな反射が弱まる。
売買のやり方が上手くなる
ETFは株の顔をしている。
でも裏側には、中身の流動性がある。
中身が取引しにくいほど、スプレッド(売値と買値の差=実質コスト)は広がりやすい。
ズレも残りやすい。
構造が分かっていると、
指値にするか、いつ買うか、どれくらいの量で入るか。
この判断が気分じゃなくて理由で決まる。
結果としてコストが落ちる。
価格とフローの順番が整理できる
価格は取引所で先に動く。
そのズレを見て、一次市場で口数が増減することが多い。
つまり、価格が先で、口数があとから追いかける。
これが分かると、フローを神格化しなくなるし、無視もしなくなる。
フローは価格に反応して起きる後段。
その後段が起きているかどうかが、市場の状態を教える。
結論
Creation/Redemptionを理解するのは、ETFを株っぽいものとして見るのをやめること。
価格と供給量が分離された装置として見ること。
裏側が見えると、プレミアムやディスカウントは恐怖の材料じゃなくなる。
構造を読むための情報に変わる。
判断力は、その変換から始まる。



