相場が荒れたとき、どう動くかではなく「何もしない期間をいつにするか」を先に決めておく。それだけで、感情的な売買による損失の多くは防げる。この記事では、その設計の仕方を具体的に整理する。
急変時に「何もしない」は意志力の問題ではなく、設計の問題だ。「見ない条件」と「動かない期間」を事前にルールとして書いておけば、判断そのものを停止できる。
なぜ「何もしない」は難しいのか
相場が大きく動いたとき、何もしないでいることは思っているより難しい。問題は意志力が弱いからではなく、「何もしない」という行動に明確な根拠が与えられていないからだ。
人は不確実な状況に置かれると、何かしなければという感覚を持ちやすい。これは心理的な自然反応で、特に保有資産の評価額が目に見えて減っているときに強く出る。ここで「いや、何もしなくていい」と自分に言い聞かせても、根拠がなければ毎回同じ問いに向き合うことになる。
ルールとして書かれていれば話は変わる。「この条件に該当するから、今週は何もしない期間だ」と確認できれば、その都度ゼロから判断する必要がなくなる。判断停止とは、判断を放棄することではなく、判断のタイミングを事前に設計しておくことを指す。
では、何を設計すればいいか。大きく分けると「何を見ないか(情報の遮断)」と「いつ動かないか(期間の設定)」の2軸になる。この2つを自分のルールとして文字に起こしておくことが出発点になる。
「何を見ないか」の設計
情報を遮断するというと極端に聞こえるが、実際には「特定の条件下では特定の情報源を確認しない」という設計で十分だ。
急変時に問題になりやすい情報源として、SNS・ニュースのプッシュ通知・証券口座の評価額画面の3つが挙げられる。SNSは速報性はあるが、極端な意見が拡散されやすく、感情的なノイズが多い。プッシュ通知は「見てしまう」を自動的に発生させる仕組みなので、急変時は通知をオフにするだけで接触頻度を下げられる。評価額画面は、変動幅が大きいときほど目に入れるたびに感情を動かす。
設計例として、以下のような条件を自分のルールに加える方法がある。
- 日経平均またはS&P500が前日比で±3%以上動いた週は、証券口座の評価額を週次確認に戻す(毎日見ない)
- 決算発表・日銀会合・FOMCの前後3日間は、SNSの投資関連タグを確認しない
数字は一例で、自分のボラティリティ(値動きの大きさ)耐性と確認頻度に合わせて調整すればいい。ここで重要なのは「条件が数値や日程で書かれていること」だ。「荒れたときは見ない」という曖昧な記述では、「今荒れているかどうか」を毎回判断することになり、ルールとして機能しない。
「動かない期間」の設計
何を見ないかを決めたら、次は「いつ取引操作をしないか」を設定する。これを判断停止期間と呼ぶ。
NISAで長期積立をしている場合、通常は積立設定そのものを変更しない前提で設計すると扱いやすい。ここで言う「動く」とは、積立額の変更・売却・銘柄の入れ替えを指す。
設計例として使いやすいのは、以下のような期間ルールだ。
- 主要指数が20%以上下落した場合(ドローダウン:ピークからの下落率が20%超)、その起点から60日間は売却・入れ替えを行わない
- 米国の政策金利発表・国内選挙・重大な地政学イベントが発生した翌週は、新規の取引判断を翌々週以降に持ち越す
60日という数字に根拠はあるか、という問いは自然だ。過去の主要な株価急落局面では、下落の起点から60〜90日以内に急激なリバウンドが起きたケースが複数ある(2020年3月の新型コロナショック等)。「底打ちを見極めてから動く」という考え方は一見合理的だが、底打ちはリアルタイムでは確認できない。それより「急落直後の60日は何もしない」とルール化してしまう方が、行動上のシンプルさという点で優れている。
ただし、この期間中にリバランス(配分比率を元の設定に戻す作業)の定期実行日が来た場合はどうするか、も決めておく必要がある。判断停止中でもリバランスは実行する、あるいは1回だけ延期して次の定期実行日に合算する、のどちらかをルールに明記しておく。
イベントカレンダーとの連動設計
急変は予測できないが、大きなイベントはある程度スケジュールがわかっている。これを使って「事前に動かない期間を予約しておく」のが、より実践的なアプローチだ。
年間で影響の出やすい主なイベントを整理すると、以下のようなものがある。
| カテゴリ | 主なイベント | 影響の出やすいタイミング |
|---|---|---|
| 金融政策 | 日銀金融政策決定会合(年8回)、FOMC(年8回) | 発表当日〜翌営業日 |
| 国内経済指標 | GDP速報・消費者物価指数 | 発表当日 |
| 決算シーズン | 国内3月期決算(5〜6月)、米国決算(1・4・7・10月) | シーズン中2〜4週間 |
| 地政学 | 選挙・国際紛争の激化等 | 不定期 |
表の前後に補足を置く。このカレンダーを手帳やメモに落としておき、「イベント前後X日間は積立以外の操作をしない」という形で自分のルールに組み込める。地政学イベントは不定期なので、「速報から72時間は動かない」という時間ベースのルールを別途設けると扱いやすい。
カレンダーとの連動が効いている理由は、「今は特別な時期かどうか」という判断コストを下げられる点にある。カレンダーを確認して該当期間ならルールが自動的に適用される、という設計にしておけば、毎回状況を評価し直す必要がなくなる。
ルールを「書く」ことと「置く場所」
設計したルールは、頭の中に置かない。外に出して確認できる状態にすることが前提になる。
人は急変時ほど記憶が不安定になる。「こういう場合は動かないはずだった」という記憶は、相場が荒れているときほど上書きされやすい。ルールをメモ・スプレッドシート・手帳のどれかに文字として書いておき、取引画面を開く前に必ず確認できる場所に置く。
具体的な書き方のポイントは3つある。まず条件を数値か日程で書くこと。次に「何をしない期間か」を日数または特定のイベント名で書くこと。最後に「例外条件(生活費が必要になった場合等)」をセットで書いておくこと。例外を書いておかないと、例外かどうかを判断するたびに別の感情的判断が発生する。
ルールの置き場所として実用的なのは、証券会社のメモ機能、Googleスプレッドシートの専用シート、あるいは紙の手帳の冒頭ページあたりだ。クラウドに置く場合は、スマートフォンからも確認できる状態にしておくと、外出先でも参照できる。
よくある誤解
「急変時に何もしないのは、損失を放置することと同じだ」という考え方がある。
そう感じやすい理由は、損失が確定していない状態でも評価額の減少が目に見えているからだ。「何かしなければ損が増える」という感覚は自然で、特に下落が続いているときに強くなる。
実際には、NISAで長期積立を前提にしている場合、評価額の一時的な下落はそのまま回復を待つことの方が、統計的な経験則として多くのケースで損失を小さくしてきた。売却して「戻ったら買い直す」という操作は、再エントリーのタイミングを正確に判断できることが前提になるが、これは実際には非常に難しい。
判断停止ルールを設けておくと、「今は動かない期間だから待つ」という根拠を持てる。それによって、回復前に売却してしまう行動を防ぎやすくなる。ルール上の停止期間が明けたあとも、状況を確認してから判断するという手順が自然に作られる。
まとめ
相場急変時の「何もしない」は、意志力ではなくルールの問題だ。「何を見ないか」と「いつ動かないか」を数値・日程・期間で事前に書いておくことで、判断を停止する根拠が生まれる。ルールは頭の中ではなく、確認できる場所に置く。
判断停止条件 Design Your Stop
急変時は
「どう動くか」ではなく
「いつ何もしないか」を決める
相場急変時の失敗は意志力の問題ではありません。「設計」の問題です。
「見ない条件」と「動かない期間」を事前にルール化し、判断そのものを停止しましょう。
なぜ「何もしない」は難しいのか
意志力に頼ると失敗する理由
不確実な状況(資産が減っている等)に置かれると、人は「何かをしなければ」という生存本能に近い反応を示します。
いつもの思考:
「下がってる…売るべきか?買い増すべきか?何か手を打たないと損が増える!」
「判断停止」とは判断の放棄ではなく、判断のタイミングを事前に設計することです。
設計された思考:
「条件に該当するから、今週は『何もしない期間』だ。画面を閉じる。」
2つの設計軸
「何を見ないか(情報の遮断)」と「いつ動かないか(期間の設定)」
1 情報の遮断(何を見ないか)
急変時に感情を揺さぶる情報源をクリックして、対策を確認しましょう。
2 期間の設定(いつ動かないか)
なぜ「60日間」動かないのか?過去の傾向をイメージで理解する。
※概念図です。過去の急落局面における一般的なリバウンド傾向を表現しています。
ルール例
主要指数が20%以上下落(ドローダウン)したら、その起点から60日間は売却・入替を行わない。
根拠
コロナショック等、過去の急落では60〜90日以内に急激なリバウンドが発生することが多いです。「底打ち」は見極められませんが、「期間」なら誰でも守れます。
📅 イベント連動型ルール
予測不能な急変とは別に、あらかじめわかっているイベントを避けるアプローチです。カテゴリをクリックして確認しましょう。
| カテゴリ | 主なイベント | 判断停止の目安(タイミング) |
|---|
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プレビュー(メモ帳や手帳にコピペ)
よくある誤解
「何もしないのは、損失を放置することと同じでは?」
現実(Reality)
長期積立の場合、一時的な下落は回復を待つ方が統計的に損失が小さくなりやすいです。「売って、戻ったら買い直す」という操作は、再エントリーのタイミングを正確に当てる必要があり、プロでも至難の業です。
「動かない期間」は、回復を待つための積極的な戦略です。

