1週間の値動きで「この銘柄はダメだ」と感じたことがあるなら、それは直近バイアスが働いているかもしれない。このバイアスの構造を知ると、自分の判断がどこでズレやすいかを事前に把握できるようになる。
直近バイアスとは「最近起きたことを過大評価し、長期の傾向を軽視する」認知のクセだ。対策はシンプルで、「見るデータの時間軸」と「出す結論の時間軸」を揃えることにある。
直近バイアスとは何か、どこで誤作動するか
「先週ずっと下がってたし、もう売ろうかな」——この判断、根拠として使っているのが先週のデータだとしたら、結論の対象(長期保有の是非)と時間軸が合っていない。
直近バイアスは、記憶と感情の処理にかかるコストの非対称性から生まれる。最近の出来事は鮮明で、取り出しやすい。一方、5年・10年前のデータは頭の中では「薄い情報」として扱われる。この非対称性が、判断の材料として鮮明なものを過剰に重視させる。
投資文脈でこれが問題になるのは、ETFのような長期運用ツールを短期データで評価してしまう場面だ。たとえばNISAの成長投資枠で全世界株(世界中の株式を1本で持てるETF。MSCIオール・カントリー等の指数に連動)に連動するETFを持っていたとして、直近3ヶ月の下落を見て「この銘柄は弱い」と判断するのは、10年スパンで機能するはずのツールを3ヶ月の物差しで測る行為だ。
判断の補助として使えるのは「自分がこの銘柄を保有する想定期間はいつまでか」という問いだ。10年以上なら3ヶ月のチャートは判断材料にならない。1〜2年以内に使う予定の資金なら、直近の値動きの大きさ(ボラティリティ)は確かに重要な情報になる。保有期間を先に決めると、何を見るべきかが自動的に絞られる。
「直近1ヶ月で判断する」がなぜ特に危険か
直近バイアスの中でも、1ヶ月以内のデータを根拠にする判断は特に誤りを引き起こしやすい。理由は2つある。
1つ目は、1ヶ月程度の値動きにはノイズ(本質とは無関係な価格の揺れ)が多いこと。株式市場では、経済ファンダメンタルズとは無関係な売買フロー(機関投資家のリバランス=配分比率を元の設定に戻す作業、決算前後のポジション調整など)が短期の価格を動かす。これを「市場が何か重要なシグナルを出している」と誤読すると、判断がノイズに振り回される。
2つ目は、1ヶ月の騰落率が「その銘柄の長期的な実力」と混同されやすいこと。年率リターンに換算すると、月次▲5%は年率▲46%相当に見える。この数字だけ見れば誰でも不安になる。しかし月次の上下を年率換算する意味は、長期保有銘柄においてほとんどない。
データとして参考になるのは、5年・10年の年率リターンと、同期間のドローダウン(ピークからの下落率)の組み合わせだ。これを見ると「この銘柄はどれくらいの下落局面を乗り越えてきたか」が読める。たとえば過去10年で最大ドローダウン▲35%を経験しながら年率7%を維持していたなら、今の▲10%はその範囲内の出来事として捉えられる。
ただし注意点がある。過去のドローダウン実績は将来を保証しない。「過去に戻ってきたから今回も戻る」という推論自体も一種のバイアスになりうる。あくまで「自分が許容できるブレの範囲かどうかの確認材料」として使う。
値動きを「見る頻度」も判断を狂わせる
同じ銘柄を持っていても、毎日チェックする人と月1回しか見ない人では、感じるリスク(想定よりブレる可能性)の大きさが違う。これは感覚的な話ではなく、確率論的に説明できる現象だ。
研究によれば、資産価格の上下をチェックする頻度が高いほど、下落を経験する回数が増え、痛みを感じる総量が増える。人間の損失回避バイアス(利益より損失を強く感じる傾向)と組み合わさると、「毎日チェックする投資家ほど早期に売却しやすい」という結果につながりやすい。
対処は、チェック頻度のルール化だ。長期運用を前提にしているなら、チェック頻度を「月1回」または「四半期に1回」に設定することが一つの選択肢になる。ただしこれは「見ない」ことが目的ではなく、「見ても判断しない期間を意図的につくる」ことが目的だ。
具体的な運用として:
- リバランスの判断:年1〜2回、あらかじめ決めた時期だけ行う
- 売買の検討:ライフイベント(支出の予定、収入の変化)が生じたときのみ行う
- 日常のチェック:価格確認はしてもよいが、売買の検討はしないと決めておく
「見るだけ」と「判断する」を分けるだけで、直近バイアスに引きずられる頻度はかなり下がる。
「粒度を揃える」という考え方
直近バイアスへの対策として、最も実践しやすい概念が「見る単位と結論の粒度を揃える」だ。
粒度(ここでは「判断の時間スケール」の意味で使う)がズレているとはどういう状態か。例えば:
| 見ているデータ | 出している結論 | ズレの有無 |
|---|---|---|
| 過去1週間の値動き | 10年保有の是非 | ズレあり |
| 過去10年の年率リターン | 10年保有の是非 | 揃っている |
| 過去3ヶ月の騰落 | 3ヶ月後に使う資金の運用判断 | 揃っている |
この表が示すのは、短期データが「常に悪い判断材料」ではないということだ。結論の時間軸と合っているなら問題ない。問題が起きるのは、長期保有の判断に短期データを使う組み合わせだ。
自分のポートフォリオに当てはめるなら、まず「この銘柄をいつまで持つ予定か」を先に書き出す。次に「その結論を出すために必要な最短の時間軸は何か」を決める。NISAの長期運用なら最低でも3〜5年の年率リターンを基準にするのが現実的だ。そこから「それより短い時間軸のデータは参考程度にとどめる」とルールを決める。
ルールが先にあると、直近1週間に大きな下落があっても「これは判断材料に該当しない」と処理できる。感情が動いても、判断を動かさずに済む。
よくある誤解
「長期投資なら短期の値動きを完全に無視していい」という誤解がある。なぜそう思いやすいかというと、「長期投資は気にしなくていい」という言説が簡略化されて広まっているからだ。
実際には、短期データを無視すると見落とすリスクがある。たとえばETFのAUM(ETFが運用している資産の総額)が急激に減少している場合、それは数週間〜数ヶ月のデータに出てくる。AUMが極端に小さくなると、ETFが繰上償還(予定より早く運用を終了すること)されるリスクが生じる。この場合、短期データの確認は長期保有の判断に直接関係する。
また、信託報酬(ETFを保有している間かかる年間コスト)の変更、指数の構成変更なども短期的な情報として出てくる。
「何を無視していいか」の判断基準は「その情報が長期の保有継続判断に影響するかどうか」だ。価格の上下は基本的に影響しない。しかし運用状況の変化(AUM、コスト、指数)は長期判断に直結する。短期に出てくる情報でも、その中身によって取り扱いを変える。
まとめ
直近バイアスは「最近見えているものを過大評価する」構造から来ており、長期保有の判断に短期データを持ち込むことで誤作動する。対策の核心は、出したい結論の時間軸に合わせてデータの時間軸を揃えることだ。見る頻度とチェックのルールを先に決めておくと、感情が動いても判断が動きにくくなる。次は「確証バイアス(自分に都合のいい情報だけを集める)」を扱った記事も参照してほしい。
🔭 直近バイアス・バスター
短期データに惑わされず、長期投資の本質を見抜くためのインタラクティブガイド
1. 直近バイアスの罠:視界の歪み
「直近バイアス」とは、最近起きた出来事を過大評価し、長期的な傾向を軽視してしまう脳のクセのことです。 特に投資において、数日〜数ヶ月の「短期的な値動き」を見ると、10年単位で保有すべき資産への判断が揺らいでしまいます。 下のシミュレーターで、「見る期間」によって同じ資産が全く別物に見える現象を体験してください。
視点を切り替える
ボタンを押して時間軸を変えてみましょう。
「下がっている!売らなきゃ」と感じやすい視点
「一時的な調整だな」と冷静になれる視点
2. 「見る頻度」が判断を狂わせる
なぜ私たちは狼狽売りをしてしまうのでしょうか? その原因の一つは「チェック頻度」にあります。 資産価格は短期的にはランダムに動きます。毎日チェックする人は、年に1回しか見ない人に比べて、圧倒的に多くの「下落」を目撃し、痛みを感じることになります(損失回避バイアス)。 以下のスライダーで、チェック頻度を変えると「下落に遭遇する確率」がどう変わるか見てみましょう。
毎日チェック
分析結果
3. 対策:時間軸の「粒度」を揃える
直近バイアスへの最強の対策は、「見るデータの時間軸」と「出す結論の時間軸」を揃えることです。 10年保有するつもりなら、1週間のデータはノイズです。逆に、来月使うお金なら、直近のボラティリティは重要情報です。 あなたの目的に合わせて、見るべきデータを整理しましょう。
あなたの投資・運用の目的は?
▼ 判断に使うべきデータ ▼
4. 例外を見極める:それはノイズ?シグナル?
「短期データは無視する」が基本ですが、例外もあります。 直近の情報でも、長期保有の前提を崩すような「構造的な変化」は無視してはいけません。 以下のカードをクリックして、判断の練習をしてみましょう。

