「景気の局面さえ分かれば、教科書のテンプレート通りに業種を入れ替える(セクターローテーション)だけで勝てる」という発想。 景気が良くなる時期は「景気敏感株」。悪くなる時期は、景気に左右されにくい「ディフェンシブ株」。 物価が上がるインフレ(物価上昇)期は資源。お金を借りるコスト(金利)が下がる時期は成長株。 図解されて順番まで決まっていると、どうしてもそれが正解に見える。
この理解が自然に見える理由は、はっきりしている。 景気という一本の軸にセクターという箱を並べれば、複雑な市場をシンプルに考えられるから。 でも、その単純化はある地点で壊れる。
現実の市場は「景気」だけで動いていない。 政策、物価上昇の性質、お金を借りるコストの水準。 そこに企業の利益構造や、指数(ルールで作った成績表)の中身、資金の動きが同時に絡む。 テンプレートは、この「同時性」を無視してしまう。
自分はこの記事で、景気循環モデルを捨てろと言いたいわけじゃない。 テンプレートを鵜呑みにしない姿勢を持ってほしい。 教科書の地図が「使える地形」なのか「崖に向かう嘘」なのか。 それを見分ける判断力を作ることが目的。
読み終わる頃には、次の二点ができるようになると思う。
一つは、テンプレートが外れやすい条件を言葉にできること。 もう一つは、景気の判定より先に確認すべき項目を、手順として持てること。
なぜこの仕組み/ルールが存在するのか
景気循環モデルが必要とされるのには、ちゃんとした理由がある。 それは、運用している組織が「説明」と「合意」を必要とするから。
大きな金額を動かすプロの運用は、個人のひらめきで決まる世界じゃない。 会議で納得させ、説明責任を果たし、ルールとして繰り返せる形にする必要がある。 そこで、景気循環という共通言語が役に立つ。 マクロの状態を短いラベルにまとめて、「この局面ならこの箱を厚くする」という方針に変える。 もしこのルールがないと、運用組織そのものが困ることになる。
景気循環モデルは市場の真理ではなく、組織が運用しやすくするための「圧縮ルール」にすぎない。
情報を圧縮すれば、必ず捨てられるデータが出てくる。 その「捨てた情報」が重要になる局面で、テンプレートは外れる。
構造の全体像を描く
投資家は、景気のラベルを見て配分を動かす。 中央銀行は、物価と雇用を見てお金を借りるコスト(金利)を変える。 企業は、コストと需要の中で利益を作る。 指数(成績表)を作る会社は、企業をセクターの箱に分類する。
ここで「どこで価格が動くか」と「どこで中身が変わるか」を分けて考える必要がある。
価格は市場で動く。期待や、将来の利益を今の価値に直す「割引率」で動く。 一方で、中身は企業の利益や指数のルールで変わる。 実は「セクター」は、純粋な業種だけの集まりじゃない。 巨大な銘柄の比率や、海外で稼ぐ割合、金利への敏感さが混ざっている。
教科書は「景気→業績→株価」という一直線の矢印を想定する。 でも現実は「景気→政策→金融条件→利益率→相対評価→資金の流れ→価格」という複雑な回路。 この回路のどこかが景気の軸とズレると、テンプレートは役に立たなくなる。
メカニズムの核心:何がどう動いて結果が出るか
核心を言うと、景気という原因は、市場では「単独の原因」になりにくい。 因果関係を分解すると、こうなる。
原因は、需要の強弱だけじゃない。 物価上昇の理由が「みんなが欲しがっているから」か「物が足りないから」か。 あるいは、どこまで利上げをするかという政策。 これらで決まる。
中間にある変数は、物価の影響を除いた本当の利回り(実質金利)や、期間ごとの金利差(イールドカーブ)、為替、原材料の価格。 そして、将来の予想がすでに価格に反映されているか(織り込み)だ。
結果として、業種ごとのリターンの差となって現れる。
ここで一つ、定義が必要になる。 「レジーム」という言葉。これは市場を支配する「前提条件の組み合わせ」を指す。
景気が同じでも、この前提(レジーム)が違えば、勝つ業種は変わる。 インフレが安定しているか。政策がゆっくりか。供給ショックがないか。 テンプレートが暗黙のうちに決めている「前提」を、現実と照らし合わせる作業が欠かせない。
テンプレートが弱まる条件は、三つある。
一つ目は、ショックが供給側(物が作れない、届かない)にあるとき。 景気が悪くなっても、エネルギーや資源が強いままのことがある。
二つ目は、指数の偏りが強いとき。 特定の数社が強すぎて、業種全体の平均が見えなくなる。
三つ目は、政策が市場のバリュエーション(今の株価の評価)を支配するとき。 企業利益よりも先に、金利の動きが株価を動かしてしまう。
初心者が混同しやすいのは「景気の局面」と、金利などの「割引率の局面」だと思う。 教科書は前者の話だけど、相場はしばしば後者で動く。
実際の市場シーンで考える
具体的に、物価が急騰して中央銀行が激しく引き締めをする場面を想像してみてほしい。 たとえば、2022年前後のような状況。 物価が予想を超えて上がり、利上げが加速し、期間ごとの金利差が逆転する。
このとき、何が起きるか。
投資家は「景気後退が来る」と判断して、教科書通りに守りの株(ディフェンシブ)を買いたくなる。 でも、市場は同時に「本当の利回り(実質金利)の上昇」を織り込み始める。 価格は、二つの力に引き裂かれる。
企業側では、コストを価格に上乗せできる業種と、できない業種で利益の差がつく。 さらに、ETF(上場信託)の資金が一斉に動くことで、需給が無理やり偏る。
ここで間違いが生まれる。 「景気が悪くなるならエネルギーは弱い」という単純な連想。 でも供給が足りず、手元に現金(キャッシュフロー)を多く持っている状況なら、逆が起きる。 「利上げなら成長株はダメだ」という連想も同じ。 利上げの終わりが見えれば、利益への期待が勝つ局面がやってくる。
テンプレートは景気の「ラベル」を見て売買する。 でも現実は、中間に挟まっている「変数の反転」を見て先に動く。
慌てる必要があるかどうかは、景気の言葉では決まらない。 本当の利回りの方向や、企業の利益の見通しがどこで変わるかで決まる。
この理解がもたらす判断力
この話で得られるのは、テンプレートをただ疑う態度じゃない。 疑うための「具体的な比較軸」だ。 次にやるべきことは、三つ。
1. 景気局面の前に前提(レジーム)を固定する 物価上昇の理由が「需要」か「供給」か。政策は急か。 利回りは締まっているか。これを先に確かめてから、テンプレートが使えるか判断する。
2. 業種を「要因の束」として分解する その業種が、金利に弱いのか、資源価格に左右されるのか、海外の売上が多いのか。 教科書の矢印が当てはまる前提があるか、中身を確認する。
3. 織り込みと一時的な需給を切り分ける ニュースの内容よりも、「すでにどこまで価格に反映されているか」を考える。 ETFの資金流入などで価格が歪んでいないか点検して、入るタイミングをズラす。
これらができるようになれば、教科書通りの罠にはまりにくくなるはず。 自分なりのチェック手順として、まずは一つずつ試してみてほしい。
MarketInsight / セクターローテーションの罠
教科書の地図で、崖に向かっていないか?
「景気が良くなれば景気敏感株、悪くなればディフェンシブ株」
この美しいテンプレートは、なぜ現実の市場で裏切られるのか。
その「ズレ」の正体を解き明かす。
理想と現実の乖離
「教科書通りのサイクル」と「レジームが歪めた現実」を比較する。
市場のブラックボックスを開ける
教科書は「景気 → 株価」という直線を想定するが、現実は複雑な回路を経由する。
Check 下のフロー図の各要素をクリックして、どこで「ズレ」が生じるかを確認しよう。
1. 景気・原因
需要の強弱、インフレの性質
2. 政策・反応
中央銀行の利上げ・利下げ
3. 中間変数
実質金利、期待、織り込み
4. 結果・価格
相対リターン、資金フロー
要素を選択してください
上のボックスをクリックすると、教科書モデルがどこで躓くかの解説が表示されます。
市場レジーム判定シミュレーター
「景気循環」のラベルを見る前に確認すべき「前提条件(レジーム)」を設定してみよう。
条件次第で、教科書のセオリーがどう逆転するかを判定する。
判定結果
現在は標準的な景気循環モデルが機能しやすい環境です。セオリー通りのローテーションを検討してください。
実践のためのチェックリスト
今日から使える「判断の手順」。迷ったらここに戻ってくること。
景気ラベルの前に「レジーム」を固定する
「今は回復期か?」と問う前に、「インフレは需要か供給か?」「金利は実質プラスか?」を問う。
アクション:実質金利とイールドカーブを確認する
セクターを「要因の束」として分解する
「エネルギー」という名前で買わず、「資源価格感応度+キャッシュフロー」として見る。
「ハイテク」を「金利感応度+成長期待」として見る。
「織り込み」と「一時的需給」を切り分ける
ニュースが出た瞬間に飛びつかない。それは既に価格に入っているか? ETFのリバランスで歪んでいないか?
アクション:エントリーのタイミングを半歩ズラす



