ETFの基礎構造から理解する価格形成──iNAV(推定NAV)はなぜズレるのか

iNAVがあれば「適正価格」は分かる、という誤解

ETFにはiNAV(またはiIV)という数値が表示される。
これは推定純資産価値と呼ばれる。リアルタイムで計算される目安価格のこと。

多くの初心者はこう考える。

iNAVが基準なら、そこからズレれば割高か割安かは簡単に分かるはず。

発想としては自然。
ただ、構造を半分しか見ていない。

iNAVは真実の価格ではない。
あくまで計算上の推定値。

しかも条件によっては、制度上ズレるようにできている。

本記事の目的は、iNAVの定義を暗記することではない。
なぜiNAVが存在し、どの条件で機能し、どの条件で限界が出るのか。そこを押さえること。

ここが分かると、急落時のディスカウントや海外資産ETFの価格乖離を見ても、過剰に反応しなくなる。

なぜiNAVという仕組みが必要なのか

取引所でつく価格と、中身の価値がズレる可能性がある。

まずNAV。
NAVはNet Asset Valueの略。ETFの中に入っている資産の合計時価を、口数で割った理論値。
言い換えると、1口あたりの中身の価値。

通常は1日1回しか計算されない。

一方、ETFは株式と同じように取引所でリアルタイムに売買される。
値段は常に動く。

ここでズレが起きる。

リアルタイムの目安がなければ、投資家は今の理論値が分からない。
中身が見えなければ、価格は荒れやすい。

そこで導入されたのがiNAV(アイナブ)正式名称は「インディカティブNAV(Indicative Net Asset Value)」。

iNAVは、構成銘柄の直近価格を使って、数秒単位で計算される推定NAV。
いまの中身はこれくらい、という参照軸を出す装置。

構造の全体像──誰が何をしているのか

ETFの価格は、三者で成り立つ。

第一に投資家。
取引所、つまり二次市場でETFを売買する。
ここでは既存の口数が移動するだけ。総口数は変わらない。

第二に運用会社。
指数に連動するよう中身を管理する。
指数とは、ルールで作られた成績表のこと。
ただし、日々の価格を直接コントロールはしない。

第三に認定参加者。
AP、Authorized Participantと呼ばれる存在。
ここが要。

APは一次市場でETFの設定と償還を行える。
設定は新しくETFを作ること。
償還はETFを解約して中身と交換すること。

APは現物のバスケットとETF口数を交換する。

この仕組みがあるから、ETF価格は理論値に近づく。

価格がNAVより高い場合。
APは現物を買い、ETFを新しく作り、市場で売る。
供給が増え、価格は下がる方向へ動く。

価格がNAVより低い場合。
APはETFを買い、償還して現物を受け取り、それを売る。
ETFの口数が減り、価格は上がる方向へ動く。

この裁定行動が、ズレを縮める。

iNAVは、この裁定を判断するための参考メーターでもある。
ただし万能ではない。

メカニズムの核心──なぜズレるのか

ここで誤解が生まれる。

裁定があるなら、価格はいつもNAVに一致するはず。

一致しない。
裁定は無条件で動く仕組みではない。

裁定が成立するには前提がいる。

  • 現物がリアルタイムで取引できること
  • 価格情報がそれなりに正確なこと
  • 取引コストが許容範囲に収まること

この前提が崩れると、ズレは普通に起きる。

iNAVは構成銘柄の最新価格を使う。
でも、その構成銘柄が取引されていなかったらどうなるか。

例として、米国市場に上場している日本株ETFを考える。
日本市場が休場なら、日本株の価格は動かない。
iNAVは前日の終値を元に計算されやすい。

一方で、為替は動く。
米国市場の地合いも動く。
投資家の期待も変わる。

結果として、ETF価格は将来の変化を織り込んで動く。
でもiNAVは止まる。
ここで乖離が出る。

債券ETFも似た話。
債券は株ほど頻繁に売買されない。
価格自体が推計に寄りやすい。

つまりiNAVも、推定値の上に推定値を重ねたものになりやすい。
iNAVは常に最新の真実ではない。
その時点で利用できる価格情報の寄せ集め。

市場シーンで考える──急落時のディスカウント

2020年3月みたいな急落局面では、まずETFが売られる。
理由は簡単で、ETFは取引所でいつでも売れるから。

一方で、ETFの中身が債券だと話が変わる。
債券は店頭取引が多くて、パニック時は売買そのものが細りやすい。
つまり中身の価格が更新されにくい。

ここがポイント。

ETFは動く。
でも中身の値段は止まり気味。

だから、見た目としてはこうなる。

ETFの価格がNAVより安い。ディスカウントが出る。

ここで初心者は思う。

ETFが壊れている。

でも、逆の見方もできる。

動ける市場(ETF)が先に現実を織り込んだだけ。
動けない市場(債券)が値段を更新できていないだけ。

つまりETF価格が先行して、あとからNAVが追いつく場面がある。

このとき見るべきは、乖離の数字そのものより周りの状況。

  • 中身の市場(債券市場)はちゃんと動いているか
  • 乖離は手数料やスプレッドなどの取引コストを超えているか
  • APが裁定できる環境か(現物を買える/売れる状態か)

これを見ずに、ディスカウントだけ見て投げ売りすると判断ミスになりやすい。

この理解がもたらす判断力

iNAVのクセが分かると、ETFの見方が落ち着く。
判断が感情じゃなくて、構造寄りになる。

海外資産ETFの乖離は、まず仕様だと見られる

海外ETFはズレやすい。
理由は単純で、現地市場が休みでも為替は動くし、買う側の期待も動くから。

だから、乖離=即トラブル、と決めつけなくていい。

急落時のディスカウントを、壊れたと短絡しなくなる

急落時は、APが動きにくくなる。
中身の市場が止まったり、コストが跳ねたりするから。

環境が戻れば、裁定が再開して乖離が縮むことは多い。
パニック売りの理由にはしにくい。

債券ETFが先に動くのは、むしろ普通に起きる

債券の現物価格は更新が遅れやすい。
だから、取引所で動けるETFが先に値段を付けることがある。

これは機能不全というより、価格発見がETF側で先に進んだ、という意味。


iNAVは万能な真実じゃない。
でも、市場がどんな状態かを見る温度計にはなる。

価格だけ追うと、気分で動きやすい。
仕組みが見えると、状況で判断できる。

ETFは株っぽいけど、株そのものじゃない。
iNAVはNAVっぽいけど、NAVそのものじゃない。

この違いが腹落ちすると、ズレに振り回されにくくなる。

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